賢い①

書きたい気分になったので、ちょろっと再開。


お前は誰なんだって?誰なんでしょうね。




賢いってなんだ?




大きく分けると二つ。


1.物事を的確に理解する能力に優れている(明察の力がある、才知、思慮、分別)。


2.自分の利益を確保する能力に長けている(抜け目がない、巧妙、利口)。




現在の日本の、世の中を動かす側の人々である主流派エリート(例えば、政治家や官僚や知識人。おそらく受験秀才が多数?)達はどちらに傾いているのか?
間違いなく後者です(例外あり)。正確には、1の賢さもある程度は持ち合わせていないと、2を成立させるのは難しい。
そして、1に傾いているからといって、2も兼ね備えているとは限らない。だとしても、安定した結果を出すことはできる。


理想は、1を突き詰めることで2も達成されること(我が子に身に付けさせたい『あること』とは、まさにこれを狙っていたんだろうと今になって思う)。
俺が我が子に対して、中学受験は必ずしも目指してもらう必要がないと思い直したのは、中学受験そのものが、諸刃の剣なんじゃないかと考えたからでもある。
賢いやつほどバカになるってか?


賢いやつほどバカになるとは、抜け目のなさ、巧妙さ、利口さにすぎないものを、明察の力や才知、思慮、分別と錯覚することによって生じる。
お利口な人の代表格である受験秀才こそ、この錯覚に陥りやすい(この理由は次の記事か次の次にでも書く)。
さらに言わせてもらうと、真面目なやつほど手抜きをしないので、事と次第によっては大変。


平成の時代の主流派エリートが真面目に頑張り続けた結果、この国(国民)はどうなったか?勤勉ってのも考えものですね。
2をひたすらに優先すると、1を蔑ろに(あるいは排除)せざるを得なくなるので、過ちに気付くことが難しくなる。
詐欺に引っかかりやすいのも、こんなタイプなんじゃないかと思える。欲に目が眩んで、マシな判断を下せず、周りの意見も耳に入らない。自分は賢いという自覚があるだけに、色々と厄介。



基本的に、日本の主流派エリートは真面目で賢い(2の方)。
言い換えてみると、〈手抜きをしないお利口さん〉
真面目で賢い人だなんて、世間的には、何も悪い印象を抱かないと思う。なるべくなら、我が子にもそうなって(そうあって)ほしいと考えるのが、親ってもんでしょう(小学中学受験を目指すなら特に)。
しかし、真面目で賢い人間が、目指すべき方向性そのものを間違えてしまい、いつまでもそれに気が付くことが出来ない場合、一体どうなるか?


やってはいけないことを全力でやっちまう、手に負えない(並ではない)クソバカ野郎の誕生です。並ではないので、並のバカよりも質が悪い。
これが、今の日本で幅を利かせている主流派エリート(マシなのもいるんだろうけど)の現状なんだろうと言わねばならない。
さすがですね。主流派エリートってのは、選ばれし(無能な働き)者なんだなあ



出世する上で大事なのは、物事のあり方を的確に理解しようとすることではなく、それらエリートによって「正しい」と権威づけられた認識こそが、本当に正しいのだと信じ込み、利益のおすそ分けにあずかること。これぞ2の賢さですね。
受験秀才の行き着く先ってのは詰まる所、↑なのかな?と判断した。



『小さく生んで大きく育てる』


政治家がちょいちょい使う言葉です。なになに?意味がよくわからないって?
言い換えてみましょう


『先っぽだけ、先っぽだけだから!!いいよね?ね!!(先っちょにしても良し)』


抜け目がない(抜く気がない)ですな〜。ナニを?手をです。真面目だからね。


あなたが男性なら、必死さのあまり同情してあげるかもしれない。あなたが女性なら、眉間にシワを寄せて中指でも突き立てるのかも(相手や雰囲気次第では、あっさり股を開いちゃったり?)。
主流派エリートが使う手口ってことになるんだけど、エリートらしからぬ幼稚さしか感じない振る舞い。女性を口説くのに、予算通したらホテル行こ?とか恥ずかしげもなく口走ってしまうのも、仕方がないんじゃないか。



子供がこういったことを考えたり理解するのはちょいと難しいと思うので(先っぽ先っちょはともかく)、親側が軽く認識しておいた方がいいんじゃないかと感じている。
受験秀才を目指してはいけないとか、やめておけと言っているわけではなく、我が子にどうなって欲しいのか、どうあって欲しいのか、気が向いたら考えてみるのもアリなんじゃね?


こんな大人になってもらいたくて(なりたくて)、必死こいて毎日を生きているのか?


 続く





賢い②

続き


賢いってなんだ?


1.物事を的確に理解する能力に優れている(明察の力がある、才知、思慮、分別)。


2.自分の利益を確保する能力に長けている(抜け目がない、巧妙、利口)。




真面目で賢いのは、何も悪いことではないはず。悪いどころか良いに決まっている。
ただただ要領が良すぎるがゆえに、特大のババを引いてしまう可能性が高くなるというだけです。なぜなのか?
真面目で手抜きをしないということは、利益の確保にだって手を抜かないことになる。つまりは、遅かれ早かれ利益の最大化を狙うことに行き着く可能性が高い。




世間では、緊縮を良しとみなしている傾向が強いとみています(政権支持率を見る限り、そう判断するのが妥当かな)。
いろんな意味で、それなりに力のある主流派エリートの大半もそう唱えている(1の賢さを否定して、2を選んだ。その方が利益を受けられる)。
男女問わず、権威に弱い国民はこの手の輩に口説かれればイチコロでしょう。あっさりと股も開くってもんです。俺と違ってふてぶてしいうちの嫁を見習ってもらいたい。


緊縮ってなんだ?


ひきしまること。ひきしめること。特に、財政の基礎を固めるため、支出をできるだけきりつめること(おかげさまで、食品もスリム化したね)。


財政破綻するから無駄遣いは極力減らせということだと思いますが、その結果どうなったか?
言いたいことは色々あるが、本来であれば死なずに済んだ人間が死ぬハメになった(災害大国でインフラ整備をケチると、どうなるか?)。そう考えている。



出世する上で大事なのは、物事のあり方を的確に理解しようとすることではなく、それらエリートによって「正しい」と権威づけられた認識こそが、本当に正しいのだと信じ込み、利益のおすそ分けにあずかること。


「真に正しく的確な認識」と「これこそ正しく的確だと社会的に評価されている認識」。
この二つの認識が異なっている場合、利益を最大化させるなら、後者の認識枠組みを選ぶ必要がある。言い換えると、前者を否定しなければならない。
1の賢さは、この枠組みを疑う事に繋がるので、己の立場や利益を脅かしかねない点で不都合かつ厄介。主流派エリートにとっては、全力で否定しにかかるしかないのです。


ここで問題が出てくる。2の賢さを成立させるには、1の賢さが必要不可欠だったはず。にも関わらず、これを排除してしまうと、2の賢さもいずれは成立しなくなる。
その結果、どうなるか?
利益の最大化を果たすつもりが、利益の最小化(下手すりゃマイナス化)に繋がってくる。小さなババから大きなババまで、色取り取り。
賢く立ち回ったつもりが、回り回ってババな立ち回りへと繋がってくる。


1の賢さを軽視して利益の最大化を狙うということは、失敗した時の反動だって最大化する可能性が出てくるってわけです。
仮に短〜中期的には得をし続けても、長期的には大損をぶっこいちゃうハメになる。




別に主流派エリートだけの話ではなく、国民にもそのまま当てはまるし、スケールアップさせて国そのものにも当てはまる。
はっきり言わせてもらうと、特に平成の日本は(あるいは戦後から)、これらを愚直に実践し続けてきたわけです。
1の賢さを否定し、2の賢さをひたすら追求した結果、終いには最大級のババへと育ってしまった?


日本人は本当に真面目で賢いのか?疑う余地はないと思います。真面目で、勤勉で、賢くて、民度が高い。だからこそこうなったのです。
何事にも良い面や悪い面があるので、何が正しいのかなんてわかったもんじゃないからこそ、正しいものは正しいと見抜くために、誰にとっても1の賢さが必要不可欠なんだろうと判断している(偉そうなことを言っているが、俺自身もまだまだ足りていない)。



《良かれと思って行ったことが、ことごとく裏目に出てしまった》
この一言に集約されるのかな。
悪気はないはず。だからこそ、仕方無いと言うしかないんじゃないか。




主流派エリートが大好きな言葉『自己責任』っつーの?便利な言葉だよねえ



続く










賢い③

続き



結局、何を言いたいのかさっぱりわからねえから、もっとわかりやすく説明しろって?



申し訳ない、俺の才能ではあれが精一杯なんだ。面倒だから反省もしない。
もっと楽で簡単に言い表すことができそうな言葉がある。


『まあるいピンク』


きっと悪気はないはずだ。俺も悪気はない、仕方無かった。




以前のブログで、日本人の心の拠り所は「金」しかないと書いていた気がします。
よくよく考えてみると、これは2の賢さに傾倒した結果なんじゃないか?
使うべきところには金を使わない。なるほど、1の賢さは微塵も感じられません。
こんな言葉がある。


ウシジマ君「金が全てじゃねぇが、全てに金が必要だ」





この画像、個人的にお気に入りなのでまた使います。


財務省は血も涙もない悪魔のような振る舞いに見えますね。
しかし、彼らも真面目で超賢いだけなのです。実に忠実。
そして、絶対に戦争をさせない平和主義者なだけ。
悪気は無いってことになるのか?


なぜプライマリーバランスの黒字化にこだわるのか?根底にあるのは、
「政府負債の増加による破綻を避けねばならない」ではなく
『武力に訴える能力を政府に与えてはいけない』



戦争には金がかかる。ならば、金を調達できないようにすれば戦争もできまい。


書いていてふと思いましたが、緊縮を良しとする傾向が強いのはどうしてだろう?
主流派エリートがそう言っているから?
世論がそう判断しているからなんとなく同意している?


『政府を信用していないので、必要以上に力を与えてはいけない』
言い換えると、『平和主義を貫くためならば貧しくなってもいい』


心のどこかで、国民もこんなことを考えているんじゃないか?
だとすると、実は景気が良くなることを望んでいないんじゃないか?
無意識のうちに財政均衡主義に賛同しているんじゃないか?


つまり、『何があっても戦争はしたくない』?


戦争で痛い目にあったもんね。この思想が受け継がれているのもわかる話。
仮にそうだったとしても(そうではなくとも)、これには言いたいことがある。
平和を愛することには大賛成だけれども、平和のために戦う姿勢まで放棄するのはマズイんじゃないか?
話の通じない奴が相手なら、一方的にやられ放題でしょう。頼みの米様も、もう期待できない。これ以上、平和主義を保つ必要はないと思います。



平和を脅かされたのなら、平和を守るために奮い立つ。
これぞ真の平和主義者ではないでしょうか。




核を持つべきです。


核兵器の核ではなく、心の核?心の核(1の賢さみたいなもん?)を持つことで、核心を探ることが出来るようになる気がする。核兵器も持つべきだと思いますが、12歳児が持つには十年は早い(皮でも剥いとけ)。


核兵器を持つ前に、まずはデフレを撃退したほうがいいんじゃないか?
先立つ物がなければ、満足に飯も食べられない。国(国民)を富ませることで、強兵(真の平和主義者)だって生まれてくるものだと思います。
ウシジマ君の言う通り、全てに金が必要。




現在の日本は、以前から緊縮という人災によって家庭の平和が脅かされています。
「これこそ正しく的確だと社会的に評価されている認識」や、
話の通じない相手(例えば主流派エリートとか?)によって、一方的にやられ放題です。
放置しておけば、不幸になる日本人が間違いなく増え、いずれ消えていくでしょう。
平和を守るために奮い立つ気力すら、持てなくなる可能性が高い(貧すれば鈍するってね)。


で?これを放置しておくことが正しいことなのか?
真面目で、賢くて、勤勉で、民度が高い日本人は、これを見て見ぬ振りをすることを良しとするのか?そうすることで利益を得る輩は、迷うことなくそうするのはわかる。
しかし、利益にあずかることができそうにもない(損する側)日本人までが見て見ぬ振りをするということは、1の賢さを否定し、やってはいけないことを全力でやっちまうバカ野郎に成り下がっているということになるんじゃないか?


こういう奴をなんて呼ぶか?『◯民』とでも呼んでおこう(和民も正解)。


不幸な日本人が増えるほどに損をする人が、なぜ2の賢さを選んでしまうのか。
なにか利益があるのか?最大化させるだけの価値があるのか?あるとしたらそれはなんだろう?
多数派に属することで得られる安心感?自分より不幸な人間を見て得られる満足感?
嫉妬心を晴らすために、とにかく他人の足を引っ張りたい?
どれもろくなもんじゃないけれども(まあ理解はできる)、こんなもんはマシな方です。


『無関心』、こんなところではないかと思う。
なぜそう思ったのか?昔の俺がまさにそうだったからです。


どんな利益があるのか?
悩んで考え込む必要がない、言い知れぬ不安から逃れられることができる、時間の節約。
心の平和を守るために、現実逃避をする。とでも言えばいいのかな。
平和主義者だと思います。好き勝手にやられるわけです。当たり前の話。




続く